父が定年退職する。
いつも通りの終業時間のあと、いつも通りの道を帰りながら、よくすれ違う自転車のおじさんと、例によってすれ違ったとき、「あ、お父は最後の仕事から帰ってくるんだろうな」と、きゅっと肌に擦り込まれるような気持ちで思い出した。
朝、私の部屋をすこし覗いて「最後の日、行ってくるわ」と、片手をあげて出て行ったお父にも、きっといたはずだ、こんなふうに通勤ですれ違うひとが。
知り合うことのないままに、すれ違い続けるひとのいる道をあとにするときは、ひとつの時代がたしかに終わるようなものだ。
その時間帯のその場所でのみすれ違い続けるひととは、そのうち、なんの言葉もなしに二度と会うことはなくなる。
だけど私たちの日々は、そんなひとたちの時間と一緒に流れているのだな。誰かにとっては私も、日々の背景なんだ。
その道をあとに、お父は花束と帰ってくるだろう。
おつかれさまでした。